乳がん患者とその家族を救いたい Lily MedTechが目指す世界

 他のがんと比較して若い世代の罹患率が高く、死亡率低減のための対策には早期発見が鍵となるにも関わらず、検診率が依然として低い乳がん。そうした状況の中、乳がん検診率を向上させ、乳がんによる死亡率を減らすことをビジョンとして設立されたのが東大発スタートアップのLily MedTechだ。

 Lily MedTechの東志保CEOは、高校生の時に母親が脳腫瘍に罹患し、手を尽くしたものの医師の余命宣告通りに亡くなってしまったという原体験を持つ。アリゾナ州立大学大学院で航空宇宙を専攻したという異色の経歴から医療機器ベンチャーを立ち上げた、東CEOに話を聞いた。

Lily MedTech「乳がん検診をより容易に、高精度にする検診機器の開発」

基本概要
CEO 東志保
設立 2016年5月
出資 Beyond Next Ventures、アフラック・コーポレートベンチャーズなどから計12.8億円
社員 35人(2019年9月現在)
 
サービス
リングエコーを用いた、乳房用超音波画像診断装置の開発

ビジョン
乳がん検診率の向上と早期発見・早期治療の実現に貢献することで、乳がんによる死亡率を低減する

ワンポイント(サービス、ビジョンかいつまみ)
 他のがんと比較して若い世代の罹患率が高いにも関わらず、検診受診率が高くない、乳がん。現在国内で年間8万人が罹患しており、また1万3000人が亡くなっている。罹患機序がはっきりしていないため、予防が難しく、罹患後の死亡を防ぐためには早期発見による早期治療が最も有効な対策となる疾患だ。
 従来のマンモグラフィによる乳がん検診は、若い女性に多いデンスブレスト(編集注:乳腺組織が極めて高密度な乳房と、不均一に高濃度な乳房)に対して精度が低く、また痛みや被ばく等の問題があった。Lily MedTechは、より身近で、デンスブレストに対しても精度が低下しない乳がん検診を実現するため、リングエコーと呼ばれる東大発の超音波技術を使った画像診断装置を開発している。保険大手のVCや日系大手医薬品卸企業からも出資を受ける等、非常に注目が集まっている技術だ。

ベンチャーヒストリー
 東大医学部の研究室で研究されていた技術を用い、東CEOが起業。その後夫である東CTOが大学研究室から移籍したほか、大手医療機器メーカー等からも人材が集まり、研究開発に注力している。2019年に大型の資金調達を行い、資金面でも充実している。

「元々、ベンチャーにいい印象を持っていなかった」選択肢の一つとしての起業

——Lily MedTechが現在開発中の医療機器について教えていただけますか。

 従来の機器に比べ被ばくや痛みがなく、かつデンスブレストに対しても精度が低下しない乳がん検診を可能にする画像診断装置を開発しています。超音波振動子をリング状に並べ撮像することで、均質かつ解像度の高い画像の取得を可能にしました。ベッドにうつ伏せになり、リングエコーを設置した装置の中に乳房を入れるだけで乳がん検査が可能になる医療機器です。リングエコーを用いると素子数(編集注:超音波を認識するセンサーの数)が増加し、信号処理の為の高速並列演算処理の負担が大きくなるため、従来ではこの技術を撮像に用いることは難しかったのですが、近年GPUなどの高速並列演算を行う装置の性能が向上し安価に製造されるようになったため、実用化に向けた開発を行うことが可能になりました。

製品イメージ

——東CEOは、航空宇宙工学という異分野から、医療機器分野での起業をなさっています。今回の企業に用いた技術と出会ったきっかけはどのようなものだったのでしょうか。

 元々のアイデアは、東CTOが東大の研究室で研究していた技術によるものでした。東CTOとは以前一度医療用超音波の調査を一緒にやったご縁があり、5年くらい前に当時研究中だったリングエコーの技術の説明に来てくれました。その際見せてもらった画像が従来の超音波画像と比較して圧倒的に鮮明なもので、衝撃を受けました。調べてみると、乳がんというのは症例数が多いにも関わらず、原因が特定されていない、つまり早期発見が最も効果の高い対策であるということがわかりました。しかも、若い人でも罹患しやすい。にも関わらず検診の受診率が低いという現状があり、これを解決する技術の社会的インパクトは大きいと思いました。

——医療機器分野にはもともと関心はお持ちだったのですか。

 興味はあったのですが、医療分野でできることは少ないと半ば割り切っていたというのが本音です。私の母親が、罹患率が10万人に1人と言われている、グリオブラストーマ(編集注:脳腫瘍の一種)という極めて治療が難しい病気を発症し、手を尽くしたのですが結果として余命宣告通りの時期に亡くなってしまいました。その時に、「どんな技術があっても病気に負けることがある」ということを感じたんです。なので、病気には勝てないものとして割り切り、自分の興味に基づいて航空宇宙の研究者というキャリアを選択しました。そんな中でリングエコーという技術を知り、私も医療分野で社会的意義を生み出せるのならばやってみたい、と思うようになりました。

東 志保 CEO

——その後、東CTOとともに、起業に至っています。技術を発見してから起業に至った経緯を教えていただけますか。

 実は私、インターネットバブル等の影響から、もともとベンチャーに対していい印象を持っていなかったんです(笑)。しかし、既存企業にこのアイデアを持っていっても、現状の市場の小ささや自分たちの既存製品の需要減への懸念から、開発に踏み切ってくれそうな企業がありませんでした。そこで、あらゆる選択肢を検討したうえで、選択肢として最適と考えた起業を選びました。

——起業という選択肢を後押しした要因があれば教えていただけますか?

 まずは仲間ですね。本気で課題を解決したいと思っている人を選べるかどうか。それと、資金を出す人にお金や名誉のためだけでなく、社会的意義を感じてやりたいと思ってもらえるかが重要だと思っていました。そんな中で、資金を出してくれた上で伴走してくれる支援者がすぐに見つかったことは大きかったです。

 また、東大発ベンチャーということで起業家養成プログラム等があり、支援を受けられたことも大きかったです。研究室の研究内容で起業したので、研究室の学生に即戦力として参加してもらうこともできました。

東京大学アントレプレナープラザに入居している

——起業する中で、アカデミアの世界の経験が生きた場面などはありますか?

 大学の頃は物理学を専攻し、その後の大学院では航空宇宙工学分野で物理学をベースにした研究を行っていました。思い込みを持たずに仮説と検証のプロセスを繰り返しながら研究を進めていく物理を学んだからこそ、会社の経営戦略を立てる際にも、思い込みを持たずに調査を行い仮説を立て少しずつ検証を進めるよう、自分なりの戦略を立てることに気を付けています。

 また、リングエコーの開発の際の共通言語を持つことができたことも、アカデミアの経験によるものだと感じています。私は航空宇宙工学の分野の中でもプラズマを利用したエンジンを研究して電磁波とプラズマの相互作用を計算しており、超音波とは波という共通点があったため、当時の経験が研究開発のディスカッションのベースになっています。

 反面、アカデミアの世界との違いを感じる部分もあります。私は航空宇宙科学の分野にいたので、基本的に国家プロジェクトとして研究開発を行なっていました。自分の研究開発をいかにして国家プロジェクトとしていくか、という息の長い話をしていました。それに対して、ベンチャーでは「こんな感じだろう」という推定のもとでプロジェクトを進め、途中に設定したマイルストーンを達成しながら判断をして、その過程で学んでいく、という傾向が強いです。その過程では、VCの役割が大きいと思っています。経験を有する彼らとディスカッションをし、自分が吸収して次に応用していくということが重要です。

「直接的に社会の役に立つものを作りたい」研究におけるベンチャーという選択肢

——現在の会社のメンバーはどのような方々なのでしょうか。

 チームとして多様性を重視したメンバーが揃っています。現在の事業は、医療分野というレガシー産業の中で新規性のあることをやろうとしているという意味で、レガシー要素が半分、新規要素が半分という状況です。レガシーに関する知見が必要な部分に関しては大手の医療機器メーカー等での経験を有するメンバーに加わってもらい、逆に新規性が要求される部分については研究室などの学生や若いメンバーに加わってもらう、という方針を採っています。ざっくり6-7割くらいが医療機器メーカー出身者、そのほかが学生や他分野から参画したメンバーですね。

 多様性以外には、互いに助け合える人かどうか、という点を重視して採用しています。経験の長さや分野が違うメンバーがいる環境ですので、自分の知見を共有できること、また自分が対応しきれない部分で人に頼ることができることは重要だと考えています。

——創立間もない中で、医療機器メーカー等から人を引き付けることができている要因は何なのでしょうか。

 メンバー個人個人刺さった部分には違いがありますが、まずは医療機器開発を行う環境としてベンチャーという選択肢を提供できていることですね。これまで医療機器開発は大手企業しか取り組んでおらず、そういった企業では社内政治や無駄な工程が多い、長期的なビジョンがないなど、社会的意義がある研究に打ち込むことができないという事情があります。そんな中で、明確なビジョンを有し、社内政治等のしがらみもなく、また女性が社長を勤めているなど弊社ならではの要素が絡んで、メンバーが研究に打ち込みやすい環境を提供できているということがあると考えています。また、大手企業では年次が上がるとマネジメント等に割かなければならない時間が増え、研究に割くことが出来る時間が減ってしまうことにもどかしさを感じる人もいるようです。なので、メンバーの中には50代後半などの方もいらっしゃいます。

——ある意味で、大学の研究室のような環境で研究ができることが魅力の一つなのですね。

 そうですね、現場に近い環境で、直接的に社会の役に立つものを作りたいという欲求があるようです。弊社の特徴として、医師との距離がとても近く、開発した機器にすぐにフィードバックをもらえる環境があるということがあります。もちろん、耳に痛い意見をいただくことも多く、それが大企業があまり積極的に医師からのフィードバックをもらいたがらない理由でもあります(笑)。

——学生のインターンが組織内でも多いというお話でしたが、そういった学生の方々はどういった業務を取り扱っていらっしゃるのでしょう。

 学生インターンには、基本的に研究開発業務を受け持ってもらっています。具体的には、AIを用いた画像診断のための画像認識技術の開発を行ってもらっています。医療AIは既に学会が立ち上がっているとはいえ、まだ新しい分野なので経験のある技術者がほとんどおらず、学生インターンに受け持ってもらうのに非常に適した分野だと考えています。

——学生インターンは、どういった分野に精通している必要があるのでしょうか?

 AIのツールを使えることはもちろんですが、モノづくりを行なっているという性質上、きちんと装置の構造についても理解した上でAIと組み合わせることができる人材を必要としています。ただし、そのためにインターン生が特定の学部・学科に偏ってしまうと視野が狭くなってしまうなどよくないと考えているため、機械工学、計測工学や医学部の学生などに関わってもらっています。AIのツール以外に、臨床上の知識か、超音波等の波に関する知識か計測の知識のどれかがあれば、あとは仕事をしていく上で学んでもらうことができると考えています。

——働いている方々と互いに経験や知識をシェアすることができる環境なのですね。

はい。基本的にメンバーは階層に分かれたりすることなく、全員が同じ場所で開発をしています。それは開発の都合はもちろん、組織作りの上でも重要と考えています。社内は四つの部門に分かれているのですが、最近ではあえて部門を跨がなくては解決しないプロジェクトにすることで、自然にメンバー間でのディスカッションが生まれるようにしています。それぞれの専門分野がある中で、対話の中で新しい気づきや発見が生み出されることを期待しています。

取材メンバーと撮影していただいた

東志保

 2006年日立製作所中央研究所ライフサイエンスセンターで医療超音波の研究に従事。2013年株式会社JEOL RESONANCE入社、2015年マイクロソニック株式会社入社後、2016年5月株式会社Lily MedTechを創業し、代表取締役に就任。電気通信大学卒業、アリゾナ大学修了、総合研究大学院大学博士課程中退。

【インターン】画像認識技術を有する、AI実装エンジニア

Lily MedTechで現在募集しているインターン業務は以下の通り
・画像認識エンジニア
・機械学習エンジニア
CAD(AIを用いた自動画像診断)機能の設計と実装。開発中の乳がん用診断装置で撮像した画像から、病変を高精度に検出する手法の実現を担当する。

 東CEOは、「それぞれの専門分野がある中で、対話の中で新しい気づきや発見が生み出されることを期待している」と語る。実際に組織づくりを行う上でも、メンバー同士のディスカッションが積極的に行われる仕組みや雰囲気を重視しているとのこと。インタビューも終始和やかな雰囲気で行われ、インターンの環境が充実していることが伺われた。

 「機械工学、計測工学や医学部の学生などに関わってもらっています」とのこと。画像認識や機械学習、超音波等の波動、医学のいずれかの素養があれば、幅広いバックグラウンドの学生にチャンスがある。医療業界を変革するような先端技術に触れる機会を、ぜひ生かしてほしい。

インターン応募はこちら(企業リクルートページ)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。