ブロックチェーンで若手も稼げるアート市場をつくる Startbahnの挑戦

 芸術を勉強して美術大学を卒業しても、マーケットで認められアートで食っていけるのはごく一部のスターだけ……。そんな状況を変えるべく、テクノロジーの力で「アートの民主化」に挑むスタートアップ企業がある。現代美術家・施井泰平さん率いるスタートバーンだ。

 ブロックチェーン技術を使って美術品の来歴と流通を管理し、二次販売、三次販売でもアーティストに利益が還元される道筋を作る。アート市場の革命を目指す施井さんに、スタートバーン起業までの経緯や現在の事業、これからのビジョンについて話を聞いた。

Startbahn「アート市場をブロックチェーンで切り開くインフラ創造者」
 
基本概要
 代表 施井泰平
設立 2014年3月 
 出資 UTEC(東京大学エッジキャピタル)や、電通などから計4.7億円
 社員 25人(2019年6月段階)
 
サービス (どういうことやってる会社)
①​アート関連サービスを横断する、アートxブロックチェーンの情報共有ネットワークインフラの構築
②​①と連動した自社運営のアート売買管理用Webサービス「startbahn.org」の提供
③​アート関連以外も含めた他の企業とのブロックチェーンネットワーク共同開発事業
 
ビジョン (何を目指しているのか)
ブロックチェーン技術によるアート市場の刷新と「アートの民主化」
 
ワンポイント(サービス、ビジョンかいつまみ)
 当初アートの民主化というビジョン達成のためにSNSに近い形でのウェブサービスstartbahn.orgを開発していたが、2016年よりブロックチェーンという新技術に注目し、サービスの刷新を進めてきた。アートは誰が所有し、どこで展示されてきたのかという来歴が重要で、これを確実に、記録に残る形で残せるよう、ブロックチェーンを用いて証明書を発行できる仕組みを開発。2017年10月にその成果たる Art Blockchain Networkのテストネットを公開した。同時に、自社サービスであるstartbahn.orgもブロックチェーンベースのサービスにリニューアルした(ただしまだベータ版で本格始動は2020年1月の予定)。

「300万円騙し取られました(笑)」 紆余曲折の末たどり着いた起業

——ブロックチェーンに出会う前からアートの二次市場を改革したかったと伺ってますが、そもそもいつから事業のアイデアを持っていたのでしょうか

 ビジネスアイデア自体を思いついたのは2006年。01年に美術大学を卒業し、その後数年はフリーランスエンジニアなどをしながら現代美術家として活動していました。ただ06年にアイデアを出した時点では、まだ起業しようとしていたわけではなく、特許を取得しつつ実現方法を模索する感じでした。

——着想から起業に至るまでにはどのような経緯があったのでしょう

 それはもういろいろありましたね(笑)。そもそも苦労したのは、もともと油絵科出身なので、事業構想を語っても「お前本当にテクノロジーを理解してるのか」と疑いの目で見られたこと。06年ってそもそも時代的にも「前の前」というか、ニコニコ動画が立ち上がったばかりくらいで、「テクノロジーでアート市場を変える」と言っても理解されなかった。それがようやく「前」の時代になったころに1回起業しようとしたら、外注したオフショアのエンジニアに300万円騙し取られちゃって(笑)。それで「自分で細かい部分まで理解してないと騙される」と実感して、フロントエンドだけでなく本格的にプログラミングを始めました。失敗経験ではあったのですが、プログラミングの知識を身につけたおかげで、2016年ころ、社内のエンジニアがあまり乗り気になってくれてなかった時期にブロックチェーンのリサーチを自分で行うことができたし今だに仕様策定には結構関わっています。結果的には良い影響もあったと思います。

——2013年に起業へのサポートを目的に東大学際情報学府に入学します

 11年に震災があった後で、さまざまな事情で積み上げてきた人脈やお金がなくなってしまって、これまで蓄積してきたアイデアを形にする方法を考えました。東大のインキュベーション施設に入れればさまざまなサポートが受けられることを知り、もともと東京芸大の講師をやっていたので最初は東大の教員になろうとしたんですね。ところが東大は基本的に修士号を持っていないと教員になれない。それなら取った方が早いと思って学際情報学府の修士課程に入学しました。

 新しい領域を切り開いている側面で相性が良かったデジタルゲームとデジタルアーカイブの研究室に所属し、1年目に単位を全て取り切って、2年目に予定していた通りスタートバーンを起業しました。ただ起業した当初はやはり大変でしたね。会社を潰さないために必死で、アートともブロックチェーンとも関係ないウェブアプリケーションの仕事や、店舗デザインなど、さまざまな業務を受託しては売り上げを伸ばしました。学府の先輩だった落合陽一くんの研究室のサイトや、東大新聞のサイトも作って、そういうのを見た人からさらに依頼がくる、という感じでしたね。東大の研究室のサイトも結構作ってます。一方で受託業務とは別に、自社サービスの開発も平行して進めていました。

 2015年にアート特化のオークション機能付きSNSと言うべき自社サービス・startbahn.orgをリリースしたスタートバーン。しかしサービスを運用する中で、自社サービス以外の場で作品を売買されるとその来歴を管理できない問題に気づき、頭を悩ませていた。そこで目をつけたのが当時台頭しつつあったブロックチェーン技術。ブロックチェーンを使えば、他サービスとの連携も可能な上、運営会社がなくなっても半永久的に作品のデータを蓄積し保存できる。こうして2018年にはブロックチェーンネットワークをベースにした新生startbahn.orgのテストネットの運用を開始した。

オフィスは東大の敷地内インキュベーション施設,アントレプレナーラボにある

「自分でやるしかない」 前例のない挑戦

——今でもスタートバーンが目指すプロダクトは完成していないという理解でいいでしょうか

 そうでしょうね。多分いつまで経っても完成するというものではないんでしょうけど。やはり最終的にはインターネット時代の(アート市場の)ダイナミズムを支えるインフラを作り、それを世界中に広めるのが目標なので、道のりは壮大です。

——今年はUTEC(東京大学エッジキャピタル)や電通などから約3.5億円の資金調達に成功し、新たな段階に進むところだと思うのですが、直近の目標としてはやはりブロックチェーンネットワークのメインネット公開でしょうか

 秋としていたメインネット公開をしれっとずらしたのですが(笑)、別に開発が遅れているわけではありません。メインネット公開予定をプレスリリースした際に、思ったよりも反響が大きかったので、最初に世界公開する段階で後から加えようとしていた、例えば「スマホを持っていない高齢者への対応」や「美術品の持ち主が死亡してしまった場合の作品の扱い」、「オンラインとブロックチェーン上の紐付けの強化」なども考えた、当初想定より完成度の高いものを出すように方針転換したんです。2019年10月のホワイトペーパー公開時に一度僕らが目指すインフラの全体像を公開しようと思っています。

 実は2012年、会社として立ち上げる以前に、スタートバーンはVOTECLOUDの「今年ブレイクするWebサービスランキング」という企画で1位になってるんですよね。4位にCAMPFIRE、13位にWANTEDLY、15位にREADYFORという顔ぶれ。なのにその時点ではサービスを作れず、2015年にサービスをローンチした時には、ちっとも注目されなかった。一度タイミングを逃して失敗しているんです。

 今はタイミングを逃してはいけないことを良く理解しているので、資金調達に成功して取材にもたくさん来てもらえているこのタイミングでとにかく前に進めるしかない。リテラシー、法律、技術と問題はさまざまありますが、全てがクリアになるのを待っていたら注目は去っていくでしょう。

 ただ、全ての問題が解決して体制が固まってしまったら誰も興味を持たないのだろうとも思います。前例のない分野を切り開くからこそ、人々の協力を得ることができ、前に進めるのです。

——秋以降の目標としてはどのようになるのでしょうか

 秋にはArt Blockchain NetworkのAPIを公開するので、世界中の業者に参入してもらって、アート市場のブロックチェーンネットワークを築きたいと思っています。我々自身の対応としてはもう少し汎用的なサービスとの連携に注力することになるでしょう。例えばワードプレスと連携するためのプラグイン開発なども視野に入れています。

——ネット時代のアート市場インフラの整備という会社の一番大きな目標の達成はいつ頃になるか、見通しはありますか

 なかなか完成するものではないので、むしろ「完成する前に出す」というのを意識しています。「いつか出す」では誰も信用してくれないので、「いつまでに出す」と自分で締め切りを設定して、それまでに100%の状態ではなくてもサービスをリリースする。そしてユーザーの反応を見ながら100%に近づけていく。そうした基礎的な積み重ねを徹底したいと思っています。

 秋のメインネット公開も、とりあえず最低限使えるものを出すという感じです。細かい問題には引き続き対応していくことになります。例えば作者への還元金を仮想通貨で送金する方が利便性も拡張性も高いのですが、現行法では取引所の免許を取得する必要があったり各国の対応もバラバラなので実現が難しいです。当面はpaypalやstripeでの実装で対応していく必要がありますが、在るべき形での運用はさらに3年くらいかかりそうです。他にも世界で使われることを考えると各国のステイクホルダーの商習慣に合わせたり、GDPR(EUの総合的データ保護規制)やAML(アンチマネーロンダリング対策)といったものにも細かく対応していく必要があったり、いろいろ考えているとやらなければならないことは尽きません。

 過去の経験から自分に言い聞かせているのは「これだけ大変だということは誰も手を着けないから、自分がやるしかない」ということです。制度すら整っていない中開発を進めるのは荊の道ですが、逆に整ってしまうと大手が参入してきてしまうので、今しかないと思い突き進んでいます。

 ブロックチェーンという、まだ法整備も済んでいない新しい分野で、芸術のさらなる活性化を目指し進む施井さんとスタートバーン。今まさに戦いの正念場に挑むスタートバーンに、これからも目が離せない。

施井泰平
 01年多摩美術大学絵画科油画専攻を卒業。2007年から2011年まで東京藝術大学講師。2014年、東京大学大学院在学中にスタートバーン株式会社を起業。美術家として活動する際の名義は泰平。Geisai#9 安藤忠雄賞、ホルベインスカラシップ奨学生など賞歴多数。
【インターン】アートとブロックチェーンに興味がある人なら技術なしでも大歓迎
 
 スタートバーンで現在募集しているインターン業務は以下の通り
● テスター
開発中サービスを実際に使用し、バグやUIの不備をフィードバックする
● エンジニア
強い意欲関心があれば技術力不問。ただしRailsなどの技術がある方が望ましい。ブロックチェーン技術のリサーチなども担当。
 
 職場の雰囲気について施井さんは「比較的インディペンデントな感じだが、お互いに対して優しい人が多い」と語る。取材陣が本郷キャンパス構内の東大のインキュベーション施設・アントレプレナーラボにあるオフィスを訪れた際は、COOの大野紗和子さんを始め、社員の方々が暖かく出迎えてくれた。社員同士のやりとりに思わず取材陣が笑ってしまう一幕も。施井さんを始め芸術活動も行う社員の作品が飾られたオフィスは、とても居心地が良さそうだった。
 
 「インターンのスキルはあまり気にしていないので、アートやシステムエンジニアリング、ブロックチェーンに関心がある人は、ぜひ気軽に覗きに来てください!お話ししましょう!」と施井さん。アートマネジメントに興味がある文系学生も、ブロックチェーン技術の最先端に興味がある理系学生も、一度スタートバーンの門戸を叩いてみてはどうだろうか。
 
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